Published: March 22, 2019
今週から「テクノロジーが駆動する新しい経済」をめぐる週刊の洞察を開始します。始める理由は、もっと日本の業界に”世界のコンテクスト”を知ってもらいたいと思ったことです。日本が世界と一致している必要はもちろんないのですが、明確な進歩が海外で起きたときでも、それを取り入れるのに一定のレイテンシが生じています。僕はレイテンシをなくしたいと考えています。コンピューターやネットワークは速いほうがいいのと同じ話です(いや話が違う?)。
インターネット広告でいろいろ変化があったけど、市場の構造としてはGAFAM(Appleを除く)のためだけのプレイグラウンドです。ビジネス屋さんはデジタル広告以外での収益化を目指しましょう。
Facebookは広告主が特定の主要カテゴリーの人種、性別、年齢層の人々にのみメッセージを見せる設定をすることを禁止すると発表しました。住宅、雇用機会、または債務(連邦法で広告の差別が禁止されている3つの分野)の広告主には、これらの特性に基づいて広告をターゲティングする選択肢はないと同社は説明しました。同社はこの措置はNational Fair Housing Alliance、Communications Workers of Americaなどが提訴した5件の差別をめぐる訴訟を解決するものだと説明しました。
Facebook Halts Ad Targeting Cited in Bias Complaints
Doing More to Protect Against Discrimination in Housing, Employment and Credit Advertising
Facebookは近年、人種などの基準に基づいて広告をターゲティングする機能を提供していることを避難されてきました。発端は、調査報道サイト「ProPublica」が2016年に、不動産の潜在顧客をターゲティングする際に特定の人種を排除することが可能であることを明らかにしたことです。
Facebook Lets Advertisers Exclude Users by Race
特に統計は示さないが、アメリカでは人種で所得や学歴などに明確な差が生じています。Facebookを利用する広告主は「この人種には宣伝するとマーケティング効果が落ちてしまう」「この人種にはこの商品を買ってほしくない」などの理由で、特定の人種を排除したターゲティングをしていた可能性があります。”特定の属性”を排除することは人種差別や性別差別になるかもしれません。
Facebookの広告事業が成長する経緯については『サルたちの狂宴』というゴールドマン・サックスを経てフェイスブックに転じた元クオンツの著作が面白いので一読をお薦めします。原題の”Chaos Monkey”はクラウド環境内で実行されている仮想マシンのインスタンスとコンテナをランダムに終了させるNetflixが開発したプログラムです。筆者はテック業界で起きる混乱をそのプログラムに引っかけています。邦題は邦題で面白いですが、”サル”が強調されすぎた感があり、少し気になるところではあります。僕はこの本の読書感想文を書いたらアドテク界隈で反響がありました。
『サルたちの狂宴』でアドテクの変遷を振り返る 独占が自由市場を駆逐した理由
アドテクがリスクマネーを集める契機は、2007〜08年の世界金融危機で、ウォール街の優秀なソフトウェアエンジニアが失職したことです。金融危機以降、金融市場はますます”機械化”が進んでいきましたが、それを横目に見て、アドテクも似たような筋で進化していきました。ダークプールの設計などは、アドエクスチェンジの設計に応用されていると考えていいでしょう。危機以降の金融市場の変化の経緯は、優れたジャーナリストが書いた以下の書籍を読むことをお薦めします。
で、ウォール街とアドテクがもつ本質的な”傾向”についてはマイケル・ルイスの『ライアーズ・ポーカー』を読むとわかると思います。
Googleもついに、ファーストプライスオークションを採用:移行に頭を悩ますバイヤーたち ‘It’s going to be a big change for us’: Google’s adoption of first-party auction creates migration headaches for buyers
これは「なんのこっちゃ」なニュースだと思うんですけど、実はビッグニュースです。デジタル広告の取引にはオークションが用いられています。オークションには様々な類例があり、厳密に追いかけていくとややこしくなります。慶應義塾大学 経済学部教授の坂井豊貴さんの『ギャンブル性を低減する「第二価格オークション」の仕組み』が今回必要な知識をわかりやすく説明してくれています。
それぞれの入札者は「最大でこの金額まで払ってよい」という金額(最大支払意思額)を頭のなかにもっている。それより高くは払えない、払いたくないといった金額だ。もちろんその値は人によって異なる。実は第二価格オークションのもとでは、この最大支払意思額をそのまま入札用紙に書くのがトクになっている。正直に「最大でこの金額まで払いますよ」と申告するのがトクということだから、「正直は最善の策」である。
2位価格は落札者が自らが推測する市場価格以上の価格を設定し、過度に高い額で入札して、かえって損をしてしまうという現象である「勝者の呪い」を避けることができるのです。
Googleはここらへんの知見を踏まえた上で2位価格を採用し、いまではデジタル広告取引のスタンダードになっています。実際には、2位価格の理論的正しさは必ずしも実現せず、Googleは制度設計上必要な要素を担保するために「神の見えざる手」を働かせていることで、2位価格を成立させていると考えられています。詳しくはこちらをお読みください。
それで、今回はGoogleのアドエクスチェンジが独立系アドテクに習って、1位価格オークションを採用を検討していることが話題になっています。上述した理想的な2位価格から、運任せ感の強い1位価格への移行はオークション理論の敗北を意味しているでしょう。
この移行には特殊な背景があるはずです。それはエコシステム内でプレイヤーの不品行がしばしば起きること、2位価格オークションでは胴元が偽りの2位価格を申告することができるという欠点があるが損をしているパブリッシャーが疑心暗鬼になっていること、ヘッダー入札というシステ厶のハックで独立系が微妙に一矢報いていること、などと考えられます。ヘッダー入札とかマニアックすぎるのですが、まあ「劣勢の独立系アドテク企業が既存の取引方法のハックを思いついた」とだけ理解してください。まあこの裏のかき合いがもうウォールストリートライクですよね。
正しくないものへの移行の理由は、詳しくはこちらに一度書いています。
で、要約すると、Googleが市場を完全に支配しています。劣勢の独立系アドテクは、パブリッシャー(サイト運営者など)の情報不足と不満をうまくそそのかして、この1位価格移行を実現した。パブリッシャーとしても不満はなく独立系とGoogleが競争してくれるとありがたいし、1位価格は出たとこ勝負なので、ワンチャン収益上昇が見込めるのです。実際、独立系の商流では、パブリッシャーは収益上昇を確認することができたので、在庫をそっちの方に流すようになっています。Googleのマーケットシェアがじわじわ喰われているのです。
しかし、広告主としては取引価格の上昇はムカつくので、「ビッドシェーディング」と1位価格での大損を回避するアルゴリズムを実装しつつあるため、中期的に取引価格上昇は元の木阿弥になる可能性があります。1位価格採用後の在庫価格の推移で1位価格がどのような影響をもたらしたかがわかるようになるでしょう。
オークション理論を掘り下げたい人には以下の本がおすすめです。
これは来週触るかも。
これはもう少し情報が揃う来週やりましょう。
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