Published: December 01, 2018
高頻度取引(HFT)と呼ばれるトレード手法は金融市場をスポーツの場に変えたが、余りに利己主義的なサヤ取りをしていることが非難されていた。投資家の被害をなくすために数々の手段が試されたが、経済学者が考案したある手法は「早いもの勝ち」の競争を区切られた時間で行われる封印入札を頻繁に繰り返すことで、無益な軍拡競争をやめさせられそうな内容だった(実際には終わっていない)。
HFTが出現する経緯とその状況を知るためには、米国のジャーナリストが記したふたつの書籍が重要である(日本には優秀な金融ジャーナリストがいない)。まず、そのひとつである『ウォール街のアルゴリズム戦争』(スコット・パターソン著)で経緯を振り返ろう。
1980年代、株式売買が仲買人(マーケットメイカー)を通じて行われておいた。マーケットメイカーがその特権的な立場を利用して不当に利益を投資家から抜いている不公平な市場だった。1990年代に入って、アイランド(Island ECN)のような、全面的にコンピューターによる自動取引システム(electronic trading platform)が登場すると、米国の金融市場における注文執行の競争は急激に厳しくなった。従来のマーケットメイカーの独占力は決定的に弱体化し,HFT が新たな流動性の供給者として出現することになった。
1990年代終盤にはヘッ ジファンドの投資戦略の中心は世界の金融市場動向のマクロ観測的な視点から為替や商品、株式、債券など世界各国の様々な金融商品を売り買いするグローバル・マクロのような手法から数量分析とコンピューターを駆使した自動取引を中心とした戦略「アルゴリズム・トレーディング( algorithm trading )」へシフトしていった。アルゴの大きな特徴のひとつはひとつひとつの取引からの利潤は少ないが比較的安全性の高い投資戦略に基づき、自動売買によって短期間のうちに取引を繰り返し、ときにはレバレッジを利用することによって、薄利多売の投資戦略で最終的に大きな利益を上げようとするものだ。
HFT の投資戦略は自動売買と薄利多売という点では、2000年代以降のクォンツ的なヘッジファンドの投資戦略と共通する。一方でレバレッジはさほど重要ではなくそのかわりに「スキャルピング( scalping )」のような比較的単純な取引戦略を超高速で大量に繰り返すことに特化している。そのため物理的なスピードを徹底的に追及しているのだ。これを可能にしたのはコンピューティングとネットワークの技術進歩の恩恵を受けた取引システムの高速化でありそれに伴う取引コストの大幅な低下だった。
次は『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』(マイケル・ルイス著)である。フラッシュ・ボーイズと呼ばれるHFT業者は取引所のデータセンターに証券会社がサーバーを設置し、取引所の株式売買システムとダイレクトに接続できるようにする手法を採用した。遅延の要因であるサーバー間の物理的な距離を短くしたことで、注文を出すまでにかかる時間を100 分の1 秒単位から 1000 分の 1 秒単位に縮めた。
フラッシュ・ボーイズはこの速度の絶対的な優位性を活かし、劣勢にあることに気づきすらしない大口投資家の取引を先回りし頭ハネ(スキャルピング)をする。アメリカには 10 以上の取引所がある。トレーダーは一つ一つの取引所の株価を確認して買うというめんどうなことはしない。社内のトレードシステムで買い注文を出したら、最適なルートで自動で注文した株数分、各取引所に注文が発注されるが、ここで興味深い共謀が起きており、注文内容が取引所に着弾する前にHFTはそれを知り、その注文に先回りできるのだ。2013年当時の新世代のHFTであるゲッコー社やトレードボット社のアルゴは平均株保有時間2秒、注文の90%は取り消すという人間にはついていけない次元に到達していた。この結果、昔ながらのトレーダーは必要がなくなってきた。
このような高速取引を行うには大掛かりなインフラが必要である。物理的なスピードが重要になった顕著な例としてSpread Networks 社がシカゴ(CME)とニュージャージー(Nasdaq データセンター)間をできるだけ短い距離でつなぐ光ケーブルを秘密裏に敷設する様が描かれている。この光ケーブルの敷設には実に3億ドルのコストがかかったが、Spread Networks は2010年に金融機関への高速通信サービス提供を始めるとそのコストを上回る莫大な利益を上げた。
捕食されている大口投資家はダークプールに逃げ場を求めるようになる。ダークプールとは証券会社が提供するサービスで、証券会社内のシステムで投資家の売買注文を付け合わせて取引を行う方法。取引参加者が匿名で価格や注文量などの取引内容が外部から見えにくいことからダークプールと呼ばれる。匿名性の高い取引が可能。注文情報の匿名性が確保されており、大口投資家はフラッシュ・ボーイズからさやを取られる可能性がなくなるという算段なのだ。
金融市場のエコシステムにも重大な影響が生まれていた。取引所から「リクイディティプロバイダー(流動性供給者)」に指定されている証券会社がある。リクイディティプロバイダーとは、特定銘柄について売り注文、買い注文、あるいはその両方を相場に即して随時出し続けている金融機関のことである。リクイディティプロバイダーは公共的な便宜のために絶えず注文を出しておくことによって、一般の投資家に相場観についての情報提供をしているという、大事な役目を担う。
一般投資家が注文を出す時点でその株には売り注文も買い注文もでていない状況が存在するだろう。しかし、リクイディティプロバイダーは、このような状況でも、100万で注文を出しておくなどして、積極的に流動性確保に努めている。しかし、リクイディティプロバイダーの指値注文は「フラッシュボーイ」の格好の餌食になってしまうのだ。
これは新しい「アスリート競技」だ。HFTにカモられるのを防ぐため、大口投資家は閉じられた自分達だけの取引所「ダークプール」を作りアルゴから避難しました。しかし、ダークプールにもアルゴは入ってきて、ダークプールと他のプールとの価格差が発生した瞬間、その価格差から利幅を抜いていった。この競技は人口亭に利ざや取りのチャンスを生み出しているだけで、金融市場に求められている資源の効率的な配分をまったくもたらしていなかった。
効果的な対策はすでに提示されている。シカゴ大学教授のEric BudishとJohn Shim, ケルン大学教授のPeter Cramtonは、この文脈を踏まえて連続時間取引とマッチングのあり方を改善することを提案した。
中断が挟まれない連続時間取引では「早いもの勝ち」が原理原則が働く。結果として上記した「ピックオフ(牽制アウト)」とか「スナイプ(狙撃)」と呼ばれるクラックが横行している。だから「連続時間取引」をやめてしまえばいい。つまり、早い者勝ちで 連続的に約定するのをやめて、連続時間を一定間隔で区切って「断続的」に取引を約定させるルールに代えようというわけである。
Budishらはさらに踏み込んで、取引タイムに置いて封印入札(バッチオークション)を導入スべきであると主張する。そして具体的、実践的な取引ルールとして「高頻度バッチオークション(frequent batch auction) 」を提案したのだ。
市場設計を連続時間(continuous-time)から断続的な時間(discrete-time) に変更すると、超高速の利点が大幅に減少する。連続時間市場では、わずかなスピードの優位性(約0.001秒)が常にレースに勝つのに十分な情報の優位性を提供している。Budishらが他の研究者と行った調査では、米国の市場間の価格差はミリセカンドで消失することが明らかであり、HFTが最適化の余地のないほどの最適化をしていることが証明されている。断続的な時間を採用した市場では、まばたきをする瞬時(約0.5秒)の速度差を獲得しても、ほんの限られた価値しかなくなるのだ。
証券市場で採用されるオークションは、複数の売り手と買い手の受給をすり合わせる「ダブルオークション」である。バディッシュたちが念頭においているバッチオークションは、ダブルオークションの代表例である。バッチオークションが導入されるのならば、Aさんは最初から最低ラインの売り指値(リザーブプライス)を出しておけば、「先回り」「頭ハネ」の被害を最小化することができるのだ。
市場設計を逐次プロセスからバッチプロセスに変更することで、競争の性質がスピード上の競争から価格上の競争に変わる。バッチプロセスとはあらかじめ処理に必要な指示と要素を与えておき、一気に処理をすること。最初に処理されるメッセージであることを競うのではなく、トレーダーは最も魅力的な入札であることを競う。頻繁なバッチ処理による利点が、投資家の流動性の向上と市場効率性の回復につながることを示している。